ずっと考えていることが、ふとした瞬間に自分の中で、解決できそうな答えを導きだす一歩手前まで、行ったのに、それを書き留めておけなくて、数日後に思い出そうとしても、自分で考えついたことなのに、もう思い出せないということが、最近増えたなと言う気がしている。 考えたという過程を残すことで、私と近い道を歩いている人に、何か、ヒントになればいいかなという気持ちと、書くことで、より自分の中の、すっきりしないものが整理できたらいいなと思う気持ちがある。 このブログの初期の頃に、「 母と娘ー私の宿命中殺考① 」「 母と娘ー私の宿命中殺考② 」「 母と娘ー私の宿命中殺考③」 を書いた。 そして2年前に「 こうあるべきから解放されて 」を書いた。 それ以外は、うまく気持ちがまとめられずにいたんですが、そこを発端として、 今回 『親子関係「心に引っかかりがある」人のための』ワークショップ を開催します。 私には妹がいますが、彼女は私が母との関係に距離を置いたのちも、母とも私とも付き合ってくれています。 その妹から何度も、もう高齢の母に、文句を言っても仕方がないとか、親を許した方が、あなた自身が楽になるよ的なメッセージを送られてきた時に、 それが、出来ないからスッキリしないんでしょうが!ということになるんですね。 その過程で、「正しさ」は何も解決しないんだなと思うんです。 名探偵コナン君は「真実はいつもひとつ」と言い切りますが、真実なんて人の数だけあるはずなんです。その人の見ている風景は、その人のものだけですからね。 私も「正しさ」にすがっていた時期がありますが、正しさは、心の解決にはならないな~と思えるようになり、ぐうの音も出ないような「正しさ」へのこだわりを手放してからの方が、生きるのは、ずっと楽になりました。 いまは、正しさって自己防衛を強めるだけだなという気がしています。 「親子関係」ってその人の世界観の土台になっているので、そこを自分ひとりで、書き換えていくって、本当に難しいことだなと思っています。 私が占いを学ぶ中で、グループワークの効果を実感できるようになり、同じようなテーマで人が集うことは、ここに悩んでいるのは、スッキリしないのは、私だけではないという安心感を得られると体感しています。 正論でジャッジしてこない人たちの中で、自分の声や言葉を聞き届けてもらえることで、...
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