言葉が未来を拓く


Netflixでドラマ三昧の私ですが、先週は「重版出来!」を観ていました。

「重版出来!」はAmazon prime videoで観れます。

リアル放送の時に初回だけ見たけれど、その時は乗れなくて見続けられなかったのですが、今回は楽しみました。


ドラマ「重版出来!」の中で移動を希望する部下に向かって、上司が

”自分の立っている場所が分からないうちは、どこにも行けないと思え”

と言い放つセリフがあって、本当にそうだよなと思いました。

 

自分の中のモヤモヤを、違和感を言語化出来てないうちは

どこに行ったらいいのかは分からないですね。

 

逆に言えば、問題点を言語化出来てる人は、きっかけや

トリガーとなるような出来事があれば、動いて変えて行くのは

言語化出来てない人より、ずっと早いです。

 

早ければいいのか?

人生は有限なので、仕切り直したり、新しく始めるには

早いに越したことはないのでは。


私もずっとモヤモヤしていた。


でも、はっきりと親を自分の中から締め出せるようになったのは、


本気で親を「クソババア」って思えた瞬間でした。


本人に向けてこの言葉を投げつけたことは無いですが、

ああ、本当にダメなんだ!ってことを

「クソババア」って言葉に込められた時に解放された。

 

やっと理性じゃなくて、感情が認識できた瞬間でした。

 

自分の中の幻想や期待

~それでも親子なのだから、伝えあえたり出来るのでは? 

 私の親はそこまでわからずやではないとか?

 そんなに悪い人ではないはずでは?~

モロモロの言い訳

を諦めの悪い私が捨てられた瞬間です。

 

私が親への幻想や期待を捨てられなったように

親も子供へのこうあるべきは捨てられない

お互い同じ自分のこだわりの中で完結していて混じり合えない。

 

クソババアなんて言葉を自分が吐き出せるとは

思っていなかった。

 

子供は親を求めているし、無条件に好きという刷り込みの中で

生きているので、素直にくったくなく「クソババア」って言えて

しまえる子供の方が親の存在は自分にとって自然でしょう。

 

親にくったくがあるから、不自然なのです。

そして不自然を感じているから、意識が親からなかなか離れない。

自然なモノを人は意識していないのです。

だから親にこだわる人は

親と分離して、自分の人生のスタートをなかなか切れない訳です。

 

算命学では自分の与えられている親や家族との環境を論理的に

考えることが出来ます。

 

モヤモヤしている自分の環境を言語化されることによって、

理解して行くことがツライ人もいるかもしれないけれど、

本気でモヤモヤを晴らして、クリアな自分の立っている場所を

分かりたい人には

命式によってあらかじめ与えられている人と

環境について考えることが出来ます。

 

これが占い的に当たっているのかはずれているのか、私はまだ分かりません。と言うより当たりはずれにはあまり関心が行っていません。

 

当たっていると解釈する理由を

当たっていないと解釈する理由を

それぞれに自分が言葉に出来ることの有効性を信じています。



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