6月を想う・天将娘の闘い方

◎7/1「宿命中殺お茶会」トナカイノニカイ 11:00~13:00 (残席2)
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6月ももうあと数日、今週になり暑くて、やはり夏は、暑さは苦手だなと改めて思います。

6月は自分の意識とか、気持ちとは関係なく、家族からいろいろ要求され、それに応えることに頑張ってしまうひと月でした。やりたいことと時間と気力と体力とにまみれる感じ。

自分の南の星・司禄星を意識されられた。
南の星は損得勘定抜きにやりたいこと、理想や夢。

私は西洋占星術でも星が西側に偏っているので、基本相手に
応えたいのだなをようやっと自覚しているところです。
求められたら、自分として精一杯応えたいを素直に受け入れられるようになった。 いや、求められなくても、係りたいんだろうなホントは。きほん「おせっかい」の要素は備えている。

応えたいも自分のやりたいことなんだなと自覚したので、言い訳しなでやれよ!と思う。
そして、今月母親と会う回数が多すぎて疲弊しましたが、呼ばれたら行くのが私なんですね。

一方で、
天将星娘が社会人に成り、もう帰りが遅く、眠る時間をどんどん削っているので、司禄持ちの私は心配なのと、機嫌がもろに圧になって出てくる彼女に、圧かけてくるな!と闘いモードになる自分がイヤなのと、頭では心配しても仕方ない、かまわないのが一番とわっているのですが、つい口だししてしまう。

そのついは自分の不安を拭いたいからに過ぎない。
そしてついに、娘から直接、
「心配してくれるのは、有難いけれど、心配されても、お母さんを安心させてあげられない。
お母さんの言うことは全部正しいが、いま、自分は自分としてこの会社で生きるか死ねかをやっている、手を抜くとか考えられない。
会社でエネルギー使って、帰宅してお母さんとまでエネルギー使って向き合いたくない」と
言われました。

私は私で、彼女に圧力かけてたんだと「心配」を種にね。と自覚しました。
わかっているのですよ。彼女が絶対に自分を曲げないのは。
そんなことも望んでる訳ではないけど、ついつい娘の苦しい姿を親は見たくないっていう
自分の側の、私の弱さの問題なんです。

私も自分の人生は自分で決めてきた。
よく、親に親の決めた事に間違いないとか、親にゆだねてみろって言われ続けたけど、
それは無理な話だったから。
いまだに、母にむし返される話しに、小学生高学年の頃。よかれと思ってコートを買ってあげたのに、こんなのいやだって何時間も泣かれた、なのにそのあと、何年も着てたよねってのがある。

好みでない物を押し付けらえた事と、親の好意を素直に呑み込めない自分との葛藤。
その時決めたのは、私は自分で選ばないと、周囲を破壊するなと思ったこと。
気に入らないことへの抗うパワーが多き過ぎた。そして親に決めたもらったり、人にゆだねて失敗したり、上手く行かない時、私はとてつもないパワーで親や他者を攻め続けるだろうなって事を自覚した。

そういう自分をコントロール出来る自信が無かった。
絶対、激しく人のせいにしてしまうだろう自分がなにより嫌だったので、それからは自分で決めることした。
失敗しても上手くいかなくてもそれは自分で決めた自分の事として完結するから。

娘の中にも、こうした激しさは、私よりはるかに強くあるのがわかる。
自分で自分をもてあましてしまうエネルギーは自分で乗り越えて行くしかないし、親が手を差し伸べてどうこうなるものではないのです。

わかっていても、ぐっと呑み込めない、親の愚かさです。

そして、気に入らないコートをその後、何年も着たのは、自分の行為を反省した後で、
相手の気持ちに応えたいという、私なりの気持ちだったけど、気に入らないと泣いたインパクトの方が強くて、その後の自分の努力は伝わらないという、
残念な失敗を重ねて来てしまった。

リアクションしたいのに、恐ろしく下手というか、ズレているのが私の歴史ですね。
その点、娘は、冷静に私を説得出来ているから、更に心配無用だろう。

ただ、年の功で、どうでもいいこと、なんでもないこと、人にゆだねられることが自分の中で広がっている。
お願いしたり、助けてもらったり出来るのも、大人の強さだと生きて来た歳月が教えてくれました。

自分の星を活かして、日々生きることを目指しています。

ご自分の星や、その活かした方を算命学で鑑定しています
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