春です。
桜や花々が咲き誇っていて、気分が上がりますね。
春は変化の季節。
蠢く(うごめく)感じで大好きです。
先日、娘が美容院で担当さんから、「こんな世の中に、子供を迎え入れたくないし、育てる
自信も無いから、夫婦で生きていくとそれぞれの親に告げたら、それなりにモメて大変だった」という話しをされてマイッタと帰ってきた。
帰り際に余計な話しして、ごめんねとフォローされたらしいですが。
うちの娘は私より、精神的に大人なので、よくこういう経験をしています。
独身の娘には答えようがないので、ただ聴いていただけらしい。
きっと誰かに聴いてほしかったのでしょう。
私も経験あるよと娘と話した。
私は友人から、面と向かって、私が乳飲み子を腕に抱いている時に聞かされた。
二十数年前に。
「こんな世の中に生まれてきたら可哀想と」
そんな言葉を放つしかない友人の気持ちは良く分かったので、黙って聴いていた。
私自身が結婚や母になることを夢みたことなんてこれっぽっちもない者だったから。
自分の血や遺伝子が誰かに繋がれていくなんて、恐れでしかないわという感受性を持っていたから。
世の中なんてものを、これっぽっちも信じていられない気持ちも。
ただ自分は大義とか正論ではなく、小さな自分の感覚に基づいて生きると選択していただけだ。外側は関係ないとその頃の私は信じていた。
今は、子供を育てる過程で外側も自分たちの一部、関係ないなんて言えるモノではないと
知った。
私はその友人が大好きだから、そう言うしかない彼女の言葉をそのまま黙った受け止めた。
そして二十数年後に、その友人から、「あなたは子供を生んどいて良かったね」と言われた。その時も黙ってただ受け止めた。
今を生きることの意味として、
未来を語れるかはすごく大事なことだなと、年を取ると共に思う。
私にとって子供は端的に未来だった。
自分の夢とか志が未来に繋がる人もいるだろう。
産まない覚悟を語る人もいるし
親になる覚悟を語る人もいる。どっでもいい。
未来に続くこと、こうしていきたいと、今日や過去におしつぶされないで
自分の明日を語れるのなら。
私は未来に繋ぐ仲介者、間にいる者の人生を選んだだけだ。
私として生きるために。
私には自分が繋いでいく者であること、次に橋を架けることが
大事だっただけだから。
娘達がどう生きたいかは彼女たちの選択。
ただ、願うのは、明日こうしていきたい!と未来を語る豊かさを失わないで
欲しい。
私なんて人生の半分はうつむいて生きてきた。
顔を上げたら、世界はまた違って見えたから、
今うつむくしかなくても
明日は分からない。
未来を語れる高齢者で有りたい。
子どもの笑い声や泣き声をわずらわしいと感じるような老人には決してならない。
これからの日本で若き人はますますマイノリティーだ。
でも大事な明日へ繋ぐ希望の種だよ。
産んだ者として分かるのは、社会や大義のために子供を生むのではない。
でもそこに生まれた命を個人的に育む人と
その人たち丸ごと社会として育むことは両立するはず
そんな明日を創って生きたい!
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現在オンラインZOOMで算命学・インナーチャイルド・クレアボヤンス(透視)鑑定をしています。鑑定ご希望の方はお気軽にお問い合わせください。
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