悩んで苦しむ価値は何処へ私達を誘うのか


 今年の桜は咲き始めが遅く、近隣の小学校の入学式に間に合って咲いていてくれて、今日の激しい雨で散って行きました。今年の春は、スッキリと春に前進というよりは、気温の変動もあり、季節の合間を行きつ戻りつしている感じですね。



東洋では4月4日が二十四節気の「晴明」で、万物が春を謳歌する時ですが、今年も春の花々が咲き誇っていますが、例年より、咲きっぷりが遠慮がちに感じるのは、季節のもたつき感のせいかなと思ったりしています。


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4月麻布十番・占いカフェ&バー燦伍さんでの対面鑑定日は


 4月11日(木)15時~20時
 でお待ちしています。

初めていらして下さる方で、駅から燦伍さんまでの道順が、わかりづらかったとか、迷いそうになったという方がいらっしゃるので、鑑定場所・燦伍さんに道順を載せています。参考にして下さい。

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今の時代、これからの時代は、生月中殺が合っても無くても、多くの人は、ひとつの組織や会社で、長く生き続ける、働き続けるものではないのではと思えば、生月中殺のある方が同じ組織や同じ場所に安住出来ないというお悩みは、そこに悩んだり、苦しんだりする必要はなくて、むしろそれがデフォルトで生きてきたことを価値にして、未来を考えた行った方がいいんじゃないかなと、生月中殺者の方の転職のお悩みをお聞きする度に、思っています。

社会や組織や家庭の中で、「変な人」扱いをされたくないために、全力でか、全方位的にか、「いい人」として、認知される方法で自己防衛に努めていると、当然疲弊しますが、それは長くやればやるほど、自分が見えなくなっていく、自己像が曖昧になっていくと、私も経験上実感を伴って思っています。

私の個人的結論は、こんなに気を遣っても、自分を抑えても、それでも「浮く自分」を何度か経験して、このやり方は自分には適っていないと決断できたのですが、生月中殺の生き方の方法論としては、「いい人」戦略か、枠を超えて「ホームラン打って行こうか」の二択みたいな言われ方が多くて、私も占いを学び始めてからは、この二択についての文言はいろんなバリエーションを見聞きしてきました。

でも、実際自分が言われてもな、「いい人」でいられないなら、ホームランかっ飛ばしてみろというのは、永遠と親が私に言い続けてきたことと、何か違うのかという思いがあった。

変な奴なんだから、頭を垂れて生きろか、頭を垂れられない生意気な奴なら、ホームラン打ってみせろ!みたいなふり幅しか、求められないっておかしくないですか?は私の中にある大いなる疑問符だった。

そして自分もその間を彷徨って生きてきたし、目の前の、自分が消え入りそうなクライアントに、そんな言葉投げかけられるか?と思うが、生月中殺的な特性をこころよく思わない人や、理解できないと思っている人は、たやすく言い放つ。

そして、そこに逡巡していると、その迷いが、そもそも人を苛立たせるらしい不思議。自分が消え入りそうといいながら、逡巡するのはふてぶてしいのか?

生月中殺という概念は置いておいて、人は誰でも、自分というものを理解したいし、自分としてよりよく、気分良く生きたいし、自分の輪郭なるものや、自分の生きる軸は得て生きたものだから、頭を垂れず、人の顔色ばかり気にせず、人から浮かないようにと疲弊せず、だからと言って、いきなりホームランを狙うのでもない、あたり前の私とあなたの「人として」成長したり、自由になって行けるプロセスを、占いの現場で、考えることが出来たらと、最近出会った、生月中殺のクライアントさんと触れ合ったことで、想いを強くしています。

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