明日の9月17日(木)15時~20時は
燦伍さんは現在15時~23時の営業です。
ラストオーダーは22時30分です。
前日までにご予約いただけたら、算命学は鑑定資料をお渡し出来ます。
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最近すごく当たり前のことですが、改めて、同じ調舒星同士でも、同じ山羊座同士でも、それぞれが別の仕様で、自分自身を運用しているなと思う場面が多くなった。
自分の仕様を知らないと、他人の結果を見て、その方法を自分に移植してみようと試みても、そもそもOSが違うと、不具合が生じるということだ。
そして自分の解像度が上がると、他者のことも以前より、より細かく見えるようになるのが、体感されて、面白いなという体験をした。
自己理解は他者理解を自然と促していく。
自己理解って、最初は「自分を知ること」だと思っているけれど、進んでいくと、人にはいろんな動き方があると実感するための、材料にもなるのだ。
だから、同じ「調舒星」とか「山羊座」という分類でも、観察していくと、こんなに違うんだということが、見えてくるようになる。これが占いの面白さでもあるのかもしれないけれど。
つまり、自己理解が深まれば、他者を自分基準の判断で見る必要がなくなるし、逆もまたしかりとなる。
不思議と他者理解を深めたいと、直接他者を分析続けるより、自分の仕様を細かく見ていった方が、結果的に他者の違いも立ち上がってくるということを改めて、この夏は実感した。
「人ってこういうもの」から、「人ってこういうの”も”あるんだな」へどんどん視点は移って行く。
この人はこうだ、自分はどうなんだろう?って考える時に、自分自身の基準点が曖昧だと、相手も曖昧に映るということだ。
自分が具体的にわかってくると、他者を見た時に、「あ、この人と私は違う」で終わらないで、何が違うのか、この人は何を起点に動くのか?何が面白い人なのか?私にとって不自然なことを自然と感じるのか、などの差異が見えてくるから、どんどん他者が鮮明になってくる感じだ。
そして、どんどん他者を、以前より自分の尺度で評価しなくてよくなってきたから、この人はこういう仕様なんだなと、放っておける。
自分への解像度が上がると、他者との摩擦も減って、生きやすいではないかという感覚だ。
相手が出来ることが、私に出来ないからダメだとか、思わなくなる。いろんなことを無理しないで、切り分けられるようになる。
かなり長い間、生きやすさを求めて、「どうにかして自分を変える」を考えてきたけれど、自分の仕様で、自分をどう活かすかを考え始められる起点に占いはなったなと、改めて思う。
簡単に言えば、他者の「美しい」を自分の「美しい」にする必要はないし、他者の「面白い」を自分の「面白い」にする必要もないとわかると、誰かを大きく見ることも小さく見ることもなく、自分を誰かに近づける必要もないということ。
何かの役割が終わって、次の季節に何を持っていくかを考えている夏だったなと思えてきた。
秋は、転じる季節なので、発見したものを持って、転がっていきたい。
